自然と人工のあいだに生まれる「第三の生態系」
私たちはこれまで、「自然」と「人工」を明確に区別してきました。森や海を「自然環境」、都市や工場を「人工環境」として分ける考え方です。しかし21世紀に入り、この境界が急速に曖昧になりつつあります。
たとえば都市のビルの屋上に広がるグリーンルーフ、下水処理場で機能する微生物群、AIが最適化する農業システム。これらはどれも、人間の技術と生態的な仕組みが一体となって成立している「新しい生態系」と言えます。こうした融合領域を指す概念として注目されているのが「ネオバイオーム(Neo-Biome)」です。
ネオバイオームとは、直訳すれば「新しい生態圏」。人間社会のテクノロジー、微生物、動植物、人工構造物などが共進化的に関わり合う、次世代のエコシステムのことを指します。気候変動や資源枯渇といった地球規模の課題が深刻化する今、「自然と人工の二項対立を超える発想」として、学術・建築・環境分野などで急速に関心が高まっています。

(フリー素材)
ネオバイオームが生まれた背景
では、なぜ今「ネオバイオーム」という考え方が必要とされているのでしょうか。
ひとつは、気候変動による生態系の変化です。地球温暖化によって自然のバランスが崩れ、従来の「生物多様性を守る」という発想だけでは対応しきれなくなっています。たとえば北極圏では永久凍土の融解が進み、新しい微生物群が活動を始めています。これはまさに「人為的環境変化によって誕生した新たな生態圏」といえます。
もうひとつは、テクノロジーの急速な発展です。人工知能、ロボティクス、バイオテクノロジー、ナノテクノロジーといった分野が自然科学と結びつき、環境そのものを「設計」できるようになりました。都市や農業、エネルギーシステムが「生態系の一部」として再構築される時代が到来しているのです。
さらに、人間のライフスタイルそのものも変化しています。私たちは都市にいながら自然を求め、デジタル空間の中にも「エコロジー的感性」を取り戻そうとしています。バーチャル空間での植林活動や、メタバース上での環境教育なども、ネオバイオーム的な動きといえるでしょう。
世界で進むネオバイオーム的プロジェクト
ネオバイオームはまだ新しい概念ですが、世界各地でその思想を体現する取り組みが始まっています。
都市と自然の融合
シンガポールでは「ガーデン・シティ」という国家ビジョンのもと、都市そのものを巨大な生態系として設計しています。高層ビルに植物を組み合わせ、鳥や昆虫が暮らせる空間を再現。人間と他の生物が共生する都市モデルが実現しています。
また、ヨーロッパでは「リワイルディング・シティ」という考えが広がりつつあります。これは都市空間に再び野生の生態系を取り戻す試みで、人工的な公園ではなく、自然の遷移を生かした都市づくりを目指しています。こうした都市はまさに「人間が設計したネオバイオーム」といえる存在です。

(引用:Wikipedia)
微生物とテクノロジーの融合
バイオテクノロジーの分野では、微生物を利用して環境を再生する研究が進んでいます。たとえば、油汚染を分解するバクテリア、海洋プラスチックを分解する微生物群、あるいは二酸化炭素を吸収してバイオ燃料を生成する藻類などが実用化され始めています。これらは自然由来でありながら、人間の技術設計によって強化された新しい「人工自然」の一部です。
日本発の取り組み
日本でもネオバイオーム的な動きが見られます。建築分野では「リビングビルディング」という概念が注目され、建物が太陽光を自ら取り込み、雨水を循環利用し、周辺環境に生物多様性を生み出す設計が増えています。
また、農業の分野ではAIと微生物を組み合わせた「スマート土壌」や、都市型のアクアポニックス(魚と植物の共生システム)が実験的に導入され、都市生活の中に小さな生態系を組み込む試みが進行中です。

(引用:先端農業マガジン)
ネオバイオームが示す未来。人間中心から「共生中心」へ
ネオバイオームの思想が重要なのは、それが単なる技術革新ではなく、「世界の見方そのものを変える」提案だからです。これまでの文明は、人間を中心に自然を利用し、制御してきました。しかし、その結果として地球は限界に近づき、気候危機や生物多様性の喪失といった深刻な問題を抱えています。
ネオバイオームが目指すのは、自然を「外部の資源」として扱うのではなく、「共に機能する仲間」として捉える社会です。人間の技術や経済活動も、ひとつの生態プロセスとして位置づけ直すことで、持続可能な関係性を築こうとしています。
たとえば、都市開発においても「生態系を壊さずに作る」から「生態系を増やしながら作る」へと発想を転換すること。あるいは、AIやロボットが自然環境の回復に参加し、データ解析を通じて森林や海洋を守ること。こうした未来の社会は、まさに人間と非人間の共進化による「ネオバイオーム社会」と呼べるでしょう。
私たちにできること。日常にネオバイオームの視点を
ネオバイオームの発想は、専門家や研究者だけのものではありません。日常生活の中にもその視点を取り入れることができます。
たとえば、ベランダで植物を育てることも、小さなネオバイオームの実践です。植物の根に住む微生物、訪れる昆虫、そして人間自身が関わる空間は、立派な共生の場です。また、コンポストを導入して生ごみを土に還すことは、家庭内に微生物を含む循環型の生態系をつくる行為ともいえます。
さらに、テクノロジーを使って自然との関係を深めることも可能です。環境データを可視化するアプリや、AIが植物の健康状態を解析するツールなどを活用することで、人間の知識と自然の働きをつなぐ「ハイブリッドな生態感覚」が養われていきます。
私たちが「自然の一部として生きる」感覚を取り戻すこと。それがネオバイオーム時代を生きる第一歩なのです。
ネオバイオームが拓く、人と地球の新しい関係
ネオバイオームとは、自然と人工の境界を超えた「新しい生命圏」の構想です。それは単に未来の科学技術を意味するだけでなく、私たちの社会のあり方、都市の姿、そして暮らし方そのものを変える思想でもあります。
地球環境の危機が深まる中で、ネオバイオーム的な発想は「共生の再設計」を促しています。人間が自然を支配するのではなく、互いの生命活動を支え合う存在として歩むこと。その先にこそ、真の持続可能な社会があるのではないでしょうか。
未来の地球は、テクノロジーと自然が溶け合う「共生の惑星」になるかもしれません。ネオバイオームはその入口に立つキーワードです。
KENNY
Kenny
Webライター
名古屋市在住。 グルメメディアのライター/エディターとして活動するかたわら、環境問題にも取り組むITプロダクト会社に勤務。 持続可能なデジタル社会に興味を持ち、Web3分野を勉強中。