ネガティブエミッション技術(NETs)とは?
私たちの社会は長年にわたり石炭や石油、天然ガスといった化石燃料を大量に消費してきました。その結果、大気中の二酸化炭素(CO₂)は急速に増加し、気候変動を引き起こしています。国際的な合意であるパリ協定では、世界の平均気温上昇を「2℃未満、できれば1.5℃以内」に抑えることが目標とされていますが、現状の排出ペースではその達成が難しいとされています。
そこで注目されているのが「ネガティブエミッション技術(Negative Emission Technologies、NETs)」です。これは単に排出を減らすのではなく、「すでに大気に放出されたCO₂を取り除く」ことを目的とする革新的な技術群です。
気候変動対策を「水があふれそうな浴槽」に例えるなら、従来の削減努力は「蛇口を絞ること」でした。それに対してNETsは「すでに浴槽に溜まった水をくみ出す作業」にあたります。つまり、地球温暖化を抑制する最後の切り札ともいえる存在なのです。

(引用:経済産業省資料)
多様なアプローチ。代表的なNETsの種類
ネガティブエミッション技術は一つの仕組みではなく、さまざまなアプローチの集合体です。それぞれの特徴や課題を詳しく見ていきましょう。
植林・森林管理
最もシンプルかつ古典的な方法が植林です。樹木は光合成によってCO₂を吸収し、幹や枝、土壌に炭素を固定します。世界各地で大規模な植林プロジェクトが進められていますが、森林火災や違法伐採によって再びCO₂が大気に戻ってしまうリスクもあります。さらに、農業や都市開発との土地利用競合も大きな課題です。
バイオエネルギーとCCS(BECCS)
バイオマスを燃料として利用し、その燃焼過程で発生するCO₂を回収・貯留する仕組みです。バイオマスは成長の過程でCO₂を吸収するため、回収・固定に成功すれば「実質的にマイナスの排出」が実現できます。IPCCの報告書では、将来的に大規模導入が不可欠とされています。ただし、大規模な土地や水を必要とするため、食料生産や生態系への影響が懸念されています。
直接空気回収(DAC:Direct Air Capture)
科学技術の粋を集めたのがDACです。化学反応を利用して大気中のCO₂を直接吸着・分離し、地下に貯留したり鉱物と反応させて安定的に固定する方法です。スイスやアイスランドではすでに商業規模のプラントが稼働しており、世界中で注目されています。しかし、エネルギー消費量が大きく、再生可能エネルギーとの組み合わせが不可欠です。
土壌炭素貯留・バイオチャー
農業の方法を工夫することで土壌に炭素を蓄える取り組みもあります。作物残渣を炭化して「バイオチャー」として土に戻すと、長期間にわたり炭素を固定できます。農地の生産性を高め、同時に温室効果ガスを削減できる可能性があり、農業と環境保全を両立させる手段として注目されています。

(引用:経済産業省資料)
海洋を活用した方法
近年では、海藻を大規模に育ててCO₂を吸収させる「ブルーカーボン」や、海洋のアルカリ度を高めてCO₂の吸収力を強化する研究も進められています。ただし、海洋生態系への影響が未知数であり、社会的な合意形成が必要です。
世界と日本の取り組みと課題
国際的に見ると、NETsはすでに「気候政策の中核」として位置づけられています。
世界の動き
欧州連合(EU)はDACやBECCSの導入を加速させ、カーボンクレジット制度と結びつける取り組みを進めています。アメリカではバイデン政権がDACの大規模プロジェクトに数十億ドル規模の投資を行い、産業界も参入を始めています。さらに、民間企業ではマイクロソフトやグーグルなどが自社のカーボンニュートラル目標を達成するため、NETsを活用したオフセット購入に踏み出しています。
日本の動き
日本でもNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が中心となり、DACの研究やバイオマス発電とCCSの組み合わせの実証が行われています。製造業やエネルギー産業など排出削減が難しい分野にとって、NETsは重要な選択肢になり得ます。また、森林資源の活用や農業との連携により、日本独自の強みを生かしたNETsの開発が期待されています。
課題
ただし、NETsは万能薬ではありません。コストが高く、現時点では1トンのCO₂除去に数百ドルかかる場合もあります。また、技術的な不確実性や社会的受容性も大きな課題です。もし排出削減の努力を怠り「どうせNETsがあるから大丈夫」と依存してしまえば、かえって将来の負担が増してしまう可能性があります。
私たちにできること。NETsを「支える」暮らし方
読者の皆さんにとって、「最先端技術」と聞くと遠い存在に思えるかもしれません。しかし、実は日常生活の選択がNETsの進展を支える力となります。
例えば、森林保全に資金を還元する商品やサービスを選ぶことは、植林型のNETsを間接的に後押しします。再生可能エネルギーを供給する電力会社を選ぶことは、DACのような高エネルギー消費型の技術をクリーンに稼働させる土台になります。また、カーボンオフセットを利用することで、NETsを実証しているプロジェクトに直接資金を届けることも可能です。
さらに、企業や自治体に対して「気候変動対策にNETsをどう組み込むのか」を問いかける市民の声は、政策や市場を動かす大きな力となります。私たち一人ひとりの小さな選択や発信が、未来の技術を現実のものにしていくのです。
KENNY
Kenny
Webライター
名古屋市在住。 グルメメディアのライター/エディターとして活動するかたわら、環境問題にも取り組むITプロダクト会社に勤務。 持続可能なデジタル社会に興味を持ち、Web3分野を勉強中。