壊れても治る。「セルフヒーリング材料」が描く未来
セルフヒーリング材料とは?
「セルフヒーリング材料(Self-Healing Materials)」とは、傷やひび割れが生じたときに、材料自身がその損傷を修復する素材のことです。日本語では「自己治癒材料」や「自己修復材料」と呼ばれます。
仕組みは大きく2つに分けられます。1つは、修復剤を詰めた微小なカプセルやバクテリアをあらかじめ材料に混ぜておく方式です。ひびが入るとカプセルが割れたり、バクテリアが目を覚ましたりして、すき間を埋めていきます。
もう1つは、分子同士の結びつきそのものに「つながり直す力」を持たせる方式です。切れても押し付けるだけで元に戻る樹脂などがこれにあたります。
身近な例では、洗車キズが時間とともに消えていく自動車の塗装があります。人の皮膚や骨が自然に治るように、素材にも回復力を与える。それがセルフヒーリング材料の基本的な考え方と言えるでしょう。

(引用:日経XTECH)
セルフヒーリング材料が注目されるのか?
背景にあるのは、「長く使うこと」こそが環境負荷を減らすという発想です。
たとえばコンクリートの原料であるセメントは、製造時に大量のCO₂を排出し、その量は世界の排出量の約8%を占めるとされています。建物や橋を何度も造り直すほど、排出も積み重なっていきます。
日本では、インフラの老朽化も大きな課題です。国土交通省によると、建設から50年以上経つ道路橋の割合は、2040年には約7割に達する見込みとされています。点検や補修を担う人手が限られる中で、材料自身が劣化を食い止める技術への期待は高まっています。
経済面でも、修理や交換の回数が減れば維持管理のコストを抑えられます。環境と暮らし、そして財政の3つを同時に支える可能性を持つ技術なのです。
世界と日本の取り組み
ヨーロッパでは、オランダのデルフト工科大学が研究の中心的な拠点となっています。バクテリアの代謝を利用し、ひび割れを炭酸カルシウムで埋める「バイオコンクリート」の研究で知られています。
アメリカでは、イリノイ大学の研究チームが2001年に、修復剤入りのマイクロカプセルをプラスチックに埋め込む手法を発表しました。この研究は、現在のセルフヒーリング材料研究の出発点の一つとされています。
アジアや中東では、都市化に伴う建設需要の拡大を背景に、長寿命な建材への関心が高まっていると言われています。
日本でも研究と実装が進んでいます。物質・材料研究機構(NIMS)と横浜国立大学は、骨の治り方をヒントに、1,000℃の環境下で最速1分でき裂を治すセラミックスを開発しました。航空機エンジン部材への応用が期待されています。
東京大学では、割れても断面を押し付けるだけで修復できるガラス素材が世界で初めて開発されました。民間では、北海道の會澤高圧コンクリートがデルフト工科大学と共同開発した自己治癒コンクリートの量産を2020年に始め、公共工事などで採用が広がっています。

(引用:UTokyo)
「長く使う」を選ぶ
セルフヒーリング材料は、研究所や工事現場の話のように感じられるかもしれません。しかし、私たちの生活とも深く関わっています。
たとえば、家電や車を選ぶときに「長く使えるか」という視点を加えることは、買い替えによる資源の消費を減らすことにつながります。自己修復塗装やキズに強い素材を採用した製品は、その選択肢の一つになるでしょう。
もちろん、セルフヒーリング材料はまだ価格が高く、すべての傷を治せるわけではありません。それでも、修理しながら大切に使うという私たち自身の姿勢があってこそ、こうした技術の価値は生かされます。
自治体のインフラ長寿命化の取り組みに関心を持つことも、小さな一歩になります。
治る素材が教えてくれること
セルフヒーリング材料は、「壊れたら捨てる」という時代から、「傷つきながらも使い続ける」時代への転換を象徴する存在です。
人の骨が何十年も体を支え続けるように、橋や建物も自らを癒やしながら、何世代にもわたって街を支えていく。そんな未来は、少しずつ現実に近づいています。
ひびの入ったコンクリートが、静かに自分の傷を埋めていく。その光景は、自然と共に生きる知恵を、ものづくりが取り戻しつつある証なのかもしれませんね。
KENNY
Kenny
Webライター
名古屋市在住。 グルメメディアのライター/エディターとして活動するかたわら、環境問題にも取り組むITプロダクト会社に勤務。 持続可能なデジタル社会に興味を持ち、Web3分野を勉強中。